大判例

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静岡地方裁判所 平成4年(わ)604号 判決

国籍

大韓民国

住居

静岡県清水市大坪一丁目三番一三号

飲食店経営

山田文丸こと 朴文丸

一九五四年一一月七日生

国籍

大韓民国

住居

静岡県清水市大坪一丁目三番一三号

不動産賃貸業

山田文三こと 朴斗岩

一九一七年三月七日生

主文

被告人朴斗岩を懲役一年に、被告人朴文丸を罰金一二〇〇万円に処する。

被告人朴文丸においてその罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人朴斗岩に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人朴文丸(以下、被告人文丸という。)は、静岡県清水市大坪一丁目三番一三号に居住し、同所で「千番閣」の屋号で焼肉レストランを営んでいたもの、被告人朴斗岩(以下、被告人斗岩という。)は、被告人文丸の父で、同店の経理を担当していたものであるが、被告人両名は共謀のうえ、被告人文丸の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により、所得の一部を秘匿したうえ、

第一  平成元年分の実際所得金額が四一四七万七一二二円であり、これに対する所得税額が一五七四万三〇〇〇円であったのにかかわらず、平成二年三月一四日、同市江尻東一丁目五番一号所在の所轄清水税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が五五四万一三六七円であり、これに対する所得税額が三七万円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一五三七万三〇〇〇円を免れ

第二  平成二年分の実際総所得金額が五四九五万七八五九円であり、これに対する所得税額が二二三一万七〇〇〇円であったのにかかわらず、平成三年三月一五日、前記清水税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が八〇九万四六六三円であり、これに対する所得税額が八一万四八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額二一五〇万二二〇〇円を免れ

第三  平成三年分の実際総所得金額が四五三九万七六五四円であり、これに対する所得税額が一七四九万七〇〇〇円であったのにかかわらず、平成四年三月一六日、前記清水税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が七九〇万三六〇四円であり、これに対する所得税額が七六万円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一六七三万七〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠)

全部の事実について

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  被告人文丸の検察官に対する供述調書

一  被告人斗岩の検察官に対する平成四年一二月六日付供述調書

一  被告人文丸の大蔵事務官に対する質問てん末書四通

一  被告人斗岩の大蔵事務官に対する平成四年四月二〇日付、同年五月七日付、同年六月一〇日付、同年七月八日付、同年八月一八日付、同年九月四日付、同月一六日付(二通)、同年一〇月九日付、同月一五日付、同年一一月一一日付、同月一二日付各質問てん末書

一  田中敏彦、山田清美こと李清美、山田富子こと李順得の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(1)ないし(18)

一  検察事務官作成の同年一二月三日付(四通)及び同月六日付(二通)各捜査報告書

一  静岡県清水保健所長作成の「営業許可申請書等の原本証明について」と題する書面

第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの期間についてのもの)

一  大蔵事務官端山和夫作成の証明書(一)

第二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(平成二年一月一日から平成二年一二月三一日までの期間についてのもの)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(20)

一  大蔵事務官端山和夫作成の証明書(二)

第三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(平成三年一月一日から平成三年一二月三一日までの期間についてのもの)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(19)及び(21)

一  大蔵事務官端山和夫作成の証明書(三)

(補足説明)

一  弁護人らは、判示第一の事実について、被告人文丸は、その実行行為者である被告人斗岩と共謀した事実はなく無罪であり、したがって被告人斗岩についても身分なき共犯者として無罪であると主張し、被告人らも当公判廷では右主張に沿った供述をしているのであるが、前掲の各証拠によれば、

1  「千番閣」は被告人文丸の強い希望から、被告人斗岩が協力して、被告人文丸名義で開業資金を借入れ、営業許可を得て、被告人文丸のために昭和五六年一二月に開業したもので、同被告人が経営者として営業に関する事柄の全般を決定していたが、経理と資産管理の面については、父親である被告人斗岩が、かつて同種の営業をした経験があり、また被告人文丸を営業に専念させる意味から、これを掌握していたこと

2  そして、同店の売上げについては、被告人斗岩が毎日売上帳に記載し、被告人文丸も仕入れの数量を決める必要などから、時折この売上帳を見ては、大体の売上額や経費を差し引いた所得の額について把握していたこと

3  また、同店の営業による所得については、被告人斗岩が税理士田中敏彦に依頼して、はじめから被告人文丸の所得として税務申告していたが、同税理士に対しては右売上帳は示さずに、被告人斗岩が書いた売上げを記載したメモと、仕入れ及び経費に関する領収書の束、給料の明細書などを渡して、申告書を作成して貰っていたこと

4  被告人両名とも、開業の当初から、「千番閣」の収益から資金を捻出して、いずれは被告人文丸の弟にも同様の店舗を持たせてやりたいと考えており、また被告人斗岩は、被告人文丸が同店の営業に懸命に努力しているのを見て、同被告人のためにも、同店の収益からできるだけ多く財産として残してやろうと思っていたこと

5  ところで、「千番閣」の営業は被告人文丸の努力もあって順調に進み、昭和六二年ころからは売上げも伸びてきたことから、被告人斗岩はできるだけ税金を免れて、被告人文丸の財産として残し、また同被告人の弟のための店舗の資金を作ろうと考え、そのころ被告人文丸に対して、まともに税金を払っていては蓄えができないので、被告人文丸の所得を実際の額より少なく申告して税金を少なくしたい旨話し、被告人文丸もこれを了承したこと

6  そして被告人斗岩は昭和六三年三月から、被告人文丸の所得税の確定申告に際して、売上金を除外するなどの方法によって所得を過少にした不正な申告を始め、その申告の内容については、毎年、事情を知らない前記税理士から申告所得額や納めるべき所得税額について説明を受けたときや確定申告書の控えを受領したときなどに、被告人文丸にも説明しており、したがって同被告人も自己の確定申告に関して実際の所得より過少の申告がなされていることを現に知りながら、これを容認していたこと

7  問題の平成元年分の所得税の確定申告については、平成二年三月初めころの午後、仕事の合間に、被告人両名で前年の確定申告書の控えや被告人斗岩が記帳していた事実の売上帳を参考に申告額につき相談し、実際の所得より低く、前年申告した所得額より少し増やした程度で申告したい旨被告人斗岩がその考えを述べ、被告人文丸も了承し、これに基づいて被告人斗岩が資料を整えたうえ、前記税理士に確定申告書の作成と提出を依頼し、申告の結果についても例年同様、被告人斗岩が被告人文丸に説明したこと

がそれぞれ認められるのであって、右の各事実によれば、被告人文丸は昭和六三年三月以降、自己の所得税の確定申告について、被告人斗岩が売上金を除外するなどの方法によって所得の過少申告をしていることを知り、これを容認していたものであるうえ、平成元年分の所得税の確定申告についても、同様に虚偽の過少申告をすることを被告人斗岩と事前に相談し了承していたものであるから、判示第一の事実に関する被告人両名の共謀事実は十分にこれを認めることができる。

二  弁護人らは、平成元年分の所得税の不正申告についての事前の相談に関する被告人両名の捜査段階における供述につき、被告人らは突然査察を受けて動揺し、またその後の取調べにおいても、初めての経験による緊張に加えて、強い反省の心情と取調べを早く終わって欲しい気持ちから、記憶が曖昧にもかかわらず、取調官に言われるままに迎合してなされたもので、信用性がない旨主張するのであるが、前掲の各証拠によれば、被告人らに対する取調べは終始在宅のまま行われているうえ、被告人らは取調べの当初から捜査の対象となった平成元年分から平成三年分までの全部について被告人文丸の関与を認め、これはその後半年以上にわたる在宅での取調べにおいても一貫して変わらず、途中、「千番閣」の店舗においても数回、大蔵事務官の取調べを受けているが、その際にも同様の供述をしていること、検察官による取調べも平成四年一二月四日と六日の両日だけで終わっており、その際にも、それ以前の大蔵事務官に対する被告人らの供述と変化はなく、かえって被告人らが虚偽の過少申告を相談した経緯などについては一層詳しく供述していること、被告人ら自身、これらの取調べにおいて格別酷い取調べを受けたとは述べていないこと、また検察官による取調べの以前から被告人らは弁護人を依頼しており、弁護人からは、ないことは、はっきりないと言うように助言されてもいたこと、被告人斗岩は、捜査当初の大蔵事務官による取調べにおいて、韓国に帰国して永住するための資金を作るのが犯行の動機であり、またその妻山田富子こと李順得も共謀に加わっていた旨供述していたが、その後の取調べにおいてこれらの供述の訂正を申し出ており、これに対して、被告人文丸との共謀の点に関しては一切訂正を申し出ていないことがそれぞれ認められるのであって、以上によれば被告人らの捜査段階における各供述は信用できるものというべきである。

また、公判廷において被告人らは、虚偽の申告をすることについて、事前に相談するようになったのは、平成二年九月に清水税務署の調査を受けたことが切っ掛けであり、したがってその時期も平成三年以降のことであって、捜査段階では記憶違いや勘違いによってこれと異なる供述をしてしまった旨述べているのであるが、前掲の各証拠によれば、半年以上にわたる捜査の中で一度も右公判廷での供述のような弁解が述べられたことはないのであって、そもそも所轄税務署の調査の後で初めて被告人両名が税務申告について事前に相談し、被告人文丸が不正な申告に関与するようになったのであれば、その点を被告人両名が共に間違えて、そのまま捜査の終了までに至ることは到底考えられず、被告人両名のこの点についての公判廷での供述はいずれも信用することができない。

なお弁護人らは、被告人両名が、平成元年分の所得税の確定申告に関して、平成二年三月初めころの午後、仕事の合間に、居間で、前年の確定申告書の控えや売上帳などを見ながら、申告額について相談した旨供述していることについて、当たり前の、ありそうな事柄が述べられているに過ぎず、その内容に乏しく、また被告人斗岩の検察官に対する供述調書の中に、昭和六三年を境に急激に売上げが伸びて脱税額も大きくなっていったことから、その直前の昭和六二年ころから被告人文丸と相談して、その了解の上で不正申告をした旨記載されていることも、共謀に関する動機として不自然であり、論理的に矛盾しているとして、被告人らの捜査段階の供述の信用性が低いと主張するのであるが、仮に供述内容の一部が当然に予想できるようなものにとどまっていて、第三者が予想できないような特徴的な事実について触れられていないとしても、その信用性は供述の全体との比較において評価すべきものであるうえ、前掲の被告人両名の大蔵事務官及び検察官に対する供述調書によれば、被告人斗岩は、その相談の際に妻の富子が部屋にいたかも知れないが相談には加わっていない旨供述し、被告人文丸も、平成二年三月に被告人両名で右のように相談するようになったのは、被告人斗岩が高齢になってきたことや、被告人文丸としても経理のことを処理できるようにやり方を把握しておこうと考えたためである旨わざわざ説明を加えていることが認められるのであり、また被告人斗岩の検察官に対する供述調書中の前記供述記載についても、なるほど弁護人ら指摘のように曖昧さの残る表現ではあるものの、同被告人の述べるまま録取したがためにそのような記載になったとも解しうるのであり、また右は判示の各事実に関する被告人両名の共謀についての直接の供述ではなく、それ以前に被告人斗岩が被告人文丸に脱税のことを話し、同被告人がこれを知るに至った経緯についての供述であるところ、この点について被告人斗岩は、すでに右検察官に対する供述調書の以前の大蔵事務官による取調べの際に、売上げが昭和六二年や昭和六三年ころから伸びてきたこと及びそれも理由のひとつとして脱税を企図し、被告人文丸にその考えを話したことなどについて供述しているうえ、被告人文丸もまたこれに符合する供述をしていることが認められるのであって、いずれにしても弁護人らの前記指摘する点によって被告人らの捜査段階の供述の信用性が格別否定されるものではない。

三  以上によれば、弁護人らの前記一部無罪の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は、いずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項(被告人斗岩については、さらに刑法六五条一項)に該当するが、被告人文丸については、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、同被告人を罰金一二〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、被告人斗岩については、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法廷の加重をした刑期の範囲内で、同被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、被告人らが共謀して、被告人文丸の経営する焼肉レストランの所得に関して、売上げを除外するなどの方法で、三年間にわたって合計一億二〇〇〇万円余の所得を秘匿して確定申告を行い、合計五三六一万円余もの多額の所得税を免れたという事案であるが、ほ脱率は九六・五パーセントと極めて高く、しかも犯行の途中の平成二年九月には所轄税務署の調査をうけているにもかかわらず、その後も改めるどころか、かえって材料の仕入先との間でいわゆる上様取引をしたり、一部取引先については仕入帳に記載しないようにして、仕入額の判明するのを妨げ、また売上帳についても、実際の売上げより少ない額を記載した虚偽の売上帳を作成するなど、より巧妙な方法で犯行を重ねていたもので、その犯情は悪質といわざるを得ない。ことに被告人斗岩は、終始犯行の主導的役割を果たし、被告人文丸が発覚を危惧するのも意に介さず判示第三の犯行に及ぶなど、その責任は一層重いものがある。

しかしながら他方、現在では被告人らは両名とも犯行を反省しており、その営業についても法人化して税理士の指導のもとに経理処理の改善を図っていること、本件で免れた本税のほか、延滞税、重加算税などを含め、合計一億一六〇〇万円余をすでに納付していること、被告人両名ともこれまで何らの前科もないことなど、酌むべき事情もあるので、これらを勘案して主文のとおりの量刑判断に至ったものである。

(検察官匹田信幸、弁護人加藤静富、同野末寿一各出席)

(求刑 被告人文丸に対し罰金一五〇〇万円、被告人斗岩に対し懲役一年)

(裁判官 西島幸夫)

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